【デザインとは】デザインにまつわる、中間地点をさぐることは、解決にはならないかも知れない。



ツイートを眺めていたら、目がとまった。ので、意見を述べてみようと思う。

こういった問題は、どの分野でも起こるのだと思う。

ふたつの異なった『正義』をまとめるのは、困難を極めるに違いない。

 

しかし、どうにかまとめなくてはならないときには、上で述べているように、

共通点、合意できることを探すほかない。

 

デザインの現場でも、同じようなことがある。

仮にAプランとBプランがある場合、それぞれ全く異なったプランを協議している時、

そのふたつの中間にしようという動きが出てくる。

 

残念ながら、デザインの現場においては、これは、根本的な解決に導けないケースが多発する。

うまくいく場合は、ほぼない。

結果、ぼやけたプランになってしまうからである。

 

そうすると、場は治まったものの、最悪の結果になる。

ぼやけたプランは、だれも愛さないからだ。信念も、コンセプトもぼやける。

ユーザーもぼやける。悪い事尽くめだ。

 

だけど、一度、その中間案の流れに乗ろうとする動きがあると、止まらなくなってしまう

双方、穏便にすまそうという、紳士協定が根底にあるみたいだ。しかし、それはオトナの悪い癖だ。

嫌な予感に気づいた時には、遅い。

 

デザイナーという立場は弱い。

実績や経験があっても、それを述べても、結局のところ、権利を持つ者(つまりクライアント)の意見に従わなければならないからだ。

とはいえ、軸からぶれないように、説得できる能力を持てるように努力を惜しんではいけない。

最大の力を使って、軌道修正を試みる。

 

『怒る』(いかる)という手段は、もってのほか悪い結果になるので気をつけるべきだ。

匙をなげるのと変わらない。

それをすると、将来に繋がらない。のだ。色んな意味で。

 

今回のデザインが、一体誰のモノなのか。という原点に立ち戻れば、与えられた場(時間)の中で、最大限の軌道修正ができるはずだ。

 

話し合いには、最終的に『根気』が必要なのかもしれない。

 

また、民主主義的な多数決では、いい結果にならないことを知っておくべきだと思うのです。

票の数でも、中間でもない。違うところに答えがあるはずです。

 

*上記のツイートに反論するわけでは毛頭ございませんです。『デザイン』を考える上でのテーマとして、問題提起の題材としてとりあげたかっただけです。デザインの現場で遭遇することに、非常によく似ていたので、とりあげさせていただきました。